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2006年04月16日
[ 02 私の仕事 | 03 プライベート ]
きずな
半年くらい前かな、日曜日の朝のTV番組だったと思います。野球の清原選手
がアナウンサーの徳光さん
に何かのお礼をいうシーンがあって、こんなメッセージだったかと思います。
「徳さん、いつも応援ありがとう。 徳さんがアナウンサーの立場を超えて、野球のファンでいてくれたこと、ジャイアンツや僕を応援してくれたこと、本当に感謝してます。 僕も期待に応えようと、精一杯やってきたつもりです。徳さんはいつもそれを見てくれていたね。 そうやって長い時間を掛けて徳さんと僕の間に信頼関係が出来たんだと思う。 しかし、最近になって思うんだけど、信頼関係の上にいつのまにか切っても切れない " 絆 " が結ばれたのかな、と。僕は、一生この " 絆 " を誇りにしていくよ。ありがとう。」
元々涙もろい徳光さんは、最後まで話を聞いていられなくて、
「そんなこと言われたら、俺は、 もぅ・・・ヒッ、っひっく・・・」![]()
と、号泣してました。よく泣く人ですよね、徳さん。^^
こういうことを堂々と相手に伝える、清原という男。・・ん、男。あっぱれ。漢(おとこ) です。
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二師三兄五友五弟 (にし さんけい ごゆう ごてい) というらしいです。 そういう関係のこと。中国の古い諺。
・ 二人の師匠 と、
・ 三人の先輩 と、
・ 五人の親友 と、
・ 五人の後継者
「幸福な一生とは、このような人たちと関わり合い、それぞれの関係を作っていくことだ」、と。
なるほど。

自分に当てはめて考えると、あの人が、先輩かな、この人が親友かな、と勝手に脳ミソ内の想い出を
ったりしてみます。自分が誰かの親友だったり、後継者なのは、なんとなく想像がつくのです。が、 誰かの先輩や、ましてや師匠に成っているかと想うと、若干気が重くなったりします。成っているつもりでも、 相手がそのように想っていてくれているかは全く定かではありません。
清原さんが言っているとおり、「長い時間を掛け」 る以外にそういう関係を創る手立てはないのでしょうね。でも、それだけでは必要条件を満たすだけかな。十分条件ってなんだろう。 自分と絆があると想っていてくれる人、何人いるかなぁ。
会社の中でそういうこと、考える機会は一般的に少ないと思うんです。が、 案外こういう関係がすこしでも出来ていると感じる会社は離職率が低い傾向もあるようですね。 給与面や福利厚生面での処遇と一緒に議論できると、いいなと想います。
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投稿者 tatsuow : 2006年04月16日 07:02

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