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2006年01月27日

[ 03 プライベート ]

輪廻転生

 IMG_1390

家の近くに結構おおきな公園があり、春先には家族と散歩によく出かけていました。ウッソウとして緑々繁る木々は都会のそれとは思えず、 鳥の声もたまに聞こえて、虫が花や草の陰に見え隠れもしていました。小さな花が可愛いと思え始めたのは、ママの影響か、 中年と呼ばれて相応しい年齢のせいか。

たくさんの木々や虫はひとつひとつ命があるのですが、ひとつの命が単独で生き続けられるわけではありません。 ある意味では人工的に作られたこの公園の中でさえ、それを感じます。散歩中に思いついて家族に出したクイズ、

「この公園に命はいくつあるか?」

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一昨昨日父が亡くなりました。80歳。今日はお通夜です。我が儘な人生だったと息子にして思いますが、 眠っている顔をみるとやはり少ししんみりします。死んだあとはどうなるんだろうなぁ。

「おかあちゃんはどこへ行ったの?」

「お前のおかあちゃんは星になったんだよ。」

とか、

「こんな非道いことをするお前は畜生道に落ちる!」

とかよく聞くセリフです。ここには真実が含まれていると思っています。人を殺めたり、道を外れたりすると、 最悪は人間にもなれずに動物などでやりなおし。命を全うして、役割をキチンと果たせると「人間以上の何か」 に生まれ変わるんだと思っています。輪廻転生というヤツです。では、「人間以上の何か」とはなんでしょうか。

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この映画にはたくさんの神々が登場します。オシラ様とか、オクサレ様とかですね。 日本には「山の神様が・・・」、とか「川の神様が・・・」とかそういった民話が山ほどあります。「日本は神の国である。」 と言われてバッシングしまくられたあの太った人も、実は「日本は神の国である。」といいたかったのでしょう。唯一彼に共感するところです。

思うに、「人間以上の存在」のそれらも我々の生まれ変わりの対象なのではないでしょうか。

例えば「山の神様」。結構忙しいのでしょう。決して自分の山だけのことを考えている訳ではありません。山を縫って流れる川や、 その山で暮らしている動物や虫、木々や草花といった生き物のそれぞれの命、その環境そのものが山の存在を「山」たらしめて、 大きなひとつの命を構成している。山の神様の仕事は山の全体最適化だと言うこともできます。

山にも寿命があります。水かさを増した海に飲み込まれるとか、気候変動で木々が枯れていくとか、 はたまた人間に荒らされてなくなるとか。でもその寿命は人間とは違って何千年の単位なのでしょう。そうすると今度はその山の神様も輪廻転生、 また生まれ変わるんでしょう。

この時もさっきと同じことがレベルを変えて起こるのでしょうか。今度はもっと大きな海の神様になるのか、 それとも大陸の神様になるのか。それらを繰り返して、その星の神様に、そう、「おかあちゃんは星に」なるんでしょうか。次は、星々の「系」や「宇宙」の神様になるんでしょうか。 でもきっと仕事のコンセプトは同じで、全体最適化だと思いたいです。ひとつの大きな「存在」を維持、構成するのが仕事だと。

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「この公園に命はいくつあるか?」

「わかんない。」

「ひとつ、じゃないの。」

「・・・そっかー。」

小学生の娘にきちんと意味が通じたかどうか判りませんが、割とシャレた答えに聞こえたようで、笑顔でそう応えてくれました。

友達のトモダチは皆ともだちだ!

投稿者 tatsuow : 2006年01月27日 06:23

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