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2006年01月20日
[ 01 ホットでクールな社長達 | 03 プライベート ]
想い起こしてホロホロリ
かつて私がマイクロソフトの関連会社にいたときの社長はあの西和彦さんでした。米国マイクロソフトの副社長でもあったり、IT業界の創成期、 成長期のド中核におられた方です。本業であるアスキー本体の社長も兼任していたので、お会いするのは月に何度かと合宿研修くらいでしたが、 ゴーストライターの機会なども頂戴して、お世話になりました。かつての週刊アスキーの裏表紙「デジタル日記」が現在あまたある「社長ブログ」 の原型だと密かに感じている諸氏も多いことでしょう。^^
1998年当時、西さんのお父上が亡くなったという知らせを聞きました。私も神戸に飛びました。お通夜とお葬式には何千人か! の方々が参列されており、後にも先にもあのように多くの人がお悔やみに集まったのを見たことがありません。お父上も須磨学園の理事長であったり、 地元だけでなく幅広く活動をされていたとお聞きしておりますが、加えて西和彦という人の人脈の広さと深さを改めて確認したのでした。 県知事や市長からの献花も他に圧倒されて特に目立たず、IT業界のトップや中央の政治家、 文化人など本当に著名な方々から数多くのメッセージが届いていました。いくつもの弔辞が読み上げられます。例えば、
「故人を偲び、ご冥福をお祈り致します。云々」
など弔辞ですので似たようなメッセージにならざるを得ないのですが、 もう8年も前なのに次の2つは未だに覚えています。 一つはあのビルゲイツ氏からのモノでした。彼は西さんのことを「ケイ」 と呼びます。趣旨はこんな感じでした。
「ケイ、知らせを聞いて驚いている。お父上をご紹介頂いて、 君と3人で一緒に過ごした時間を今思い出している。残念なことだ。」
とても印象的でした。背景を勝手に想像してしまいます。事業提携が進んでいるときに、 きっとゲイツ氏と神戸の実家でお酒でもご一緒したのでしょう。そのときに二人で将来のIT業界にはせる夢をお父上に語ったのかもしれません。 お父上は豪快な人で、飛行機乗りでもあったらしく、二人の青年の夢を理解して励ましたりしたんじゃないでしょうか。 そのときのことをゲイツ氏は思い出して、このようなメッセージを西さんに送ったのでしょう。なんだかホロリと泣けてきます。
外人はこういうのうまいなぁ、なんて思っていたら見事に裏切られました。もう1通はソニーの出井さんでした。
「西さん、君が情報工学博士号を取得したのを喜んでいたこのタイミングで、 悲しい知らせを聞いた。残念なことだが、お父上は喜んでいるはずだ。」
洋の東西の問題ではないのですね。ゲイツ氏も出井さんも共に仕事を通じて、西さんとの友情を育んでおられたのだろうと・・・。ホロホロリ。 このことがあってから私もお悔やみのメッセージや電報をNTTのフォーマットに頼るのを止めました。自分の言葉で、相手に届く言葉で、 と思っています。人生でなんどもある機会ではありません。逆に言うと、例えばこういう時に月並みな言葉しか贈れない関係ではなく、 なにかメッセージが残る間柄を綴っていきたいものです。
仕事をしていて想うこと、自分や相手のことを想うこと、そう、 そんな出会いを書きためて置きたいとこのブログ始めたんでした。
投稿者 tatsuow : 2006年01月20日 10:10

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